千人壷

心霊スポット

世界遺産登録となった石見銀山。
だが、石見銀山にも負の歴史の一面がある
石見銀山で銀を盗もうとして処刑された者、
病気や坑内で死んでしまった者などの遺体を
穴に放り込んでいた。
一体何人放り込んだのかはっきりしないため、
千人壷と呼ばれるようになった。
石見銀山が世界遺産登録に向けた準備により、
千人壷は観光マップから削除された。
故にいまこの千人壷を訪れる人はほとんどいない。
地図にも載らない史跡、千人壷
千人壷1
石見銀山の休憩所にあった観光地図。
山の中に千人壷の文字があるが…
行き方はわからない。
千人壷2
道に迷いながら探すこと数十分。
石見銀山から少し離れた山の中に
「千人壷へ300メートル」の看板があった。
ここからは車は使用できないけもの道。
歩いてもはや廃道化して草も生え放題の道を進む。
蚊や蜘蛛の巣と戦いながら…
千人壷3
300メートルとあったがそれ以上に感じた。
少し開けた場所に出たところに石碑が。
「南無佛法僧」とある。
これこそが千人壷の入り口である。
千人壷4
史跡 千人壷と書かれた石碑が見て取れるが、
周囲は草が生え放題である。
千人壷5
「史跡 千人壷」
つぼの字が壺でなく壷。
立派な石碑なのに…
千人壷6
石碑の隣に木の柵で囲んだ穴がある。
ここも草が…。
千人壷7
この井戸のような穴が千人壷。
遺体を放り込んだ穴である。
千人壷8
草がかなり邪魔しているが、
そこそこの深さもあるようだ。
よく見ると水がたまっている。
千人壷9
周囲に倒れた墓碑があった。
千人壷10
小さな墓碑。
墓碑の前には供萬霊と書かれた器が置いてあった。
千人壷11
倒れた案内板の恐らく屋根の部分。
前に案内板が立てかけてある。
かなり読みづらくなっているが以下の通り。
※わかりにくいのでおそらく読み間違いあり
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千人壺
千人壺は三石谷の坑陵40平方メートルの
台地に切石で築いた周囲105センチに115センチの
四角形井戸状の深さ4メートルの墓穴である。
江戸期天明4年(1784年)5月7日朝
処刑された二十山弥四郎の墓が同じ墓地内にあり
墓碑に「た重もきけ、酒とばくちにほだされて
大事のいのちとりやかえさぬ」
と辞世の句が刻みつけてある。
また千人壺の入口に安政年間の梵字で阿弥陀の意味で
南無佛法僧と刻まれた三界万霊の石碑が立っている。
これらは江戸時代幕府の直轄地であった石見銀山御料天領の
司法政の上で貴重な遺跡である
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千人壷12
このままでいいんでしょうか…。

島根県心霊スポット

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