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一寸坊の墓
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一寸坊の墓

一寸坊の墓1
小松ヶ池の大蛇と村の娘、おつやの間に出来た子供は
あまりにも小さいので村の人々に「一寸坊」と呼ばれた。
景行天皇の危機に自分の命を引き換えに救った。
「一寸法師」とは違うものである。


一寸坊の墓2
山道を進む。



一寸坊の墓3
小高い丘にお堂が建っていた。



一寸坊の墓4
一寸坊上棟式


一寸坊の墓5
一寸坊の墓の全景。

大きな墓碑のそばにはいくつかの古い石碑の一部がある。

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一寸坊の墓
西暦83年、熊袈が朝廷に背き、そのためか景行天皇自ら九州に下向し、
豊国は長岐県(行橋市椿市)に行宮をたてる(日本書紀 第七巻)
村の伝説では一寸坊は小松ヶ池、大蛇の子で、景行天皇に仕え、
天皇の危機を身をもって助け、その褒美により49暁の寺を建立した事により、
供養塔が建てられたとされている。(小松ヶ池由来)
この多層塔は軒口が厚く垂直に切られ、屋蓋の勾配はゆるやかであり、
塔身も質素、重厚で、非常に造りが安定しており鎌倉時代の作と見られる。
現在では台座と塔身、二重の蓋、相輪のごく一部を残すのみとなっているが、
残存するものには、宝積寺本堂前と裏庭に、それぞれ蓋2個が残っているものの、
その他は現在でも不明のままである。
台座、塔身には梵字、四方仏の彫物などは見あたらない。
また相輪は、五重塔と同じく、上から宝珠、請花、水煙、九輪、請花、伏鉢、露盤からなるが、
伏鉢、露盤の石質は異質なもので宝珠のみ残っている。

勝山町教育委員会

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一寸坊の墓6
近くにあった池。
小松ヶ池は現存しないとのこと。

●友達はいって見たそうです。
車で行ってちょっと上がったとこまで行ってなんかでた?
ので走って車までで逃げたそうです。
そして車の中はいると床からに手が出てきてひっぱられたと・・・・・・
あとは友達の友達があそこに行った後で車で事故をおこしたとか。
そんな話が結構あります。



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