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犬鳴村編
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犬鳴村編

最初に
本当は特集するのもイヤだったが避けては通れない話題なので。

ちなみに犬鳴村うんぬんは99%がデマ。都市伝説です。
(犬鳴村の噂例)
犬鳴族と呼ばれる近親者のみの一族がいる
老婆が一人で住んでいる
日本国憲法が通じない地域である、またはその看板がある。
行くと鎌、オノを持った男に追いかけられる
地図に載らない村である
自衛隊がヘリコプターで食料を投下している
伝染病が流行った時、患者を隔離した村である
武器を持った青年が村人を惨殺して廃村になった。


ちょっと考えれば普通の人ならわかるようなデマですね。
犬鳴村と騒いでいるところは「柳ヶ瀬地区」といい、住んでいる方もいらっしゃいます。
犬鳴村のデマで大変迷惑をされているはずです。
村人を殺して廃村になったあたりの話は杉沢村の都市伝説にもあるとおり。
元のネタは岡山県で実際にあった津山三十人殺し事件です


情報が重なってしまいますが、犬鳴区の歴史
江戸時代、犬鳴は黒田藩の納戸といわれ、人里離れた深山幽谷の地で
森林資材に富み、林業で生計を立てていた。
木炭倉庫が二棟あった。一つは犬鳴谷奥で、農山村振興の補助金で建てたが、
昭和34年の水害で流された。
この水害で無縁仏の墓などが流された。
無縁仏の墓の中には「旅人墓」と呼ばれる墓が二ヶ所あり、
触ると祟りがあると言われて誰も祀る人はいなかった。
「旅人墓」は金山奥の山の中腹に八基。
穴蔵口に六〜七基。
タタラ職人の墓と伝えられている。
※タタラ職人とは「もののけ姫」でも出てきたように鉄などの加工を行っていた職人。

木炭倉庫のもうひとつは司書橋手前の道下にあり、常林署が建てた。
木造平屋建てで、ダツにいれた木炭を納めていた。

犬鳴区は木炭を主な生産事業としていた。
戦前は個別に仲買人と取り引きをしていたが、戦争がはじまると木炭は統制品となり、
一括して農協に納入することになった。
戦後は吉川木炭生産組合を通して、仲買人や業者が買いにやってきた。
昭和61年(1986)に犬鳴ダム建設のため、犬鳴区の人々は脇田地区へ集団移転する。
その際ダム建設予定地外の集落は今も残り、住民の方も住んでいる(柳ヶ瀬地区等)
水没前に発掘調査が行われ、すべての無縁仏の墓など調査された。
発掘前に墓前祭、墓前供養も行われる。

-宮若市資料より-





今はダムができている犬鳴ダムのある場所を中心に昔は「犬鳴区」と呼ばれていました。
犬鳴区の名残りがダムで見ることができます。


犬鳴村編
犬鳴ダムが干上がると現れる橋。
これが犬鳴ダムの底に沈んだ犬鳴区の「下り谷」にあった下谷橋である。


犬鳴村編2
現在犬鳴村と呼ばれている場所の看板。
イノシシが出るらしいです。

犬鳴村編3
通称日の丸ハウス

犬鳴村編4
廃墟となっている家屋。
交通の便が悪く、高齢化も進んでいる。


犬鳴村編5
崩れ落ちた廃屋

犬鳴村編6
犬鳴ダムにある犬鳴区移転者記念の碑


犬鳴村と騒がれ、犬鳴区に住んでいた方もさぞ心を痛めていることだと思う。
身近に犬鳴村の噂を話している人がいたら全くのデマであると教えてあげてください。

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