心霊スポット朱い塚-あかいつか-

花魁渕
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花魁渕

花魁渕1
藻南公園。
ここに花魁渕という名前の場所がある。

花魁渕2
おいらんぶち(花魁渕)の由来
右手花壇広場の崖下河原に佇立している岩の付近を、
おいらん渕という。
この渕、豊平川の流れの中で最も深く、その昔は
きよらかな”よどみ”であった。
明治の末頃吉原より身請けされて来たおいらんが、
話と違うあまりの淋しさに世をはかなみ
着飾って身を投じ、短く哀しい一生を終えたという
話から、おいらん渕といわれるようになった。
しかしこの話は、伝説的に語り継がれてきた
ものであり、異説もあるが大要にかわりはない。
いずれにせよ、この渕の断崖絶壁を眺めていると、
その昔おいらんという不孝な運命を背負った女性が、
身を投じたという話に実感がこもってくる。

花魁渕3
花魁渕付近
対岸の岩山から飛び降りたとある。

花魁渕4
おいらんぶちの由来
北海道開拓の後世、明治の末頃から対岸の岩山と
崖下の水面を花魁渕と呼んでいる。
曾てこの渕は、豊平川の川辺の中で流れが静かで最も
水量があり、瀞をなしていた。ここを眺望する場所に
通ずる八垂別街道(今の石山通りの延長)も、
この附近になると人里を離れて訪れる人も稀で
あったと言う。
明治の末頃、内地(本州)から移住した一人の女性が、
気候風土の異なる北海道を愉しまず、望郷の念禁じ難き
淋しさが募って淵に身を投じた。
短く哀しい一生を終えんとする装いは花魁の華やかな
衣装で身を着飾り、断崖絶壁を暫し眺めてこの淵に沈んで行った。
伝説的に語り継がれてこの世に「おいらんぶち」と
名づけたのは、いとも往時を偲ぶ実感がこもっている。

花魁渕5
時代もあって大分地形もかわってしまったのでは
ないかと思われます。

花魁渕6
公園の一角に花魁を供養する為に
建立された地蔵様があります。

花魁渕7
礎石には昭和25年10月吉日建立とあります。

花魁渕8
よくみたら二体ありました。
花魁渕といえば山梨にもありますが
こちらはまたちょっと違ったもので物悲しいですね。
なんにせよ女性が身を投じたのは間違いないようです。


花魁渕の動画はこちら




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