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焼罪史跡公園
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焼罪史跡公園

焼罪史跡公園
焼罪史跡公園
やいざ しせき こうえん
と読みます。
変わった名前の場所ですが読んで字のごとくです。

焼罪史跡公園2
駐車場からの公園。
海に面して整備されています。

焼罪史跡公園3
公園端からオブジェまでの風景。
かなり綺麗に整備されています。

焼罪史跡公園4
焼罪史跡公園のオブジェ。
殉教の碑と書いてあります。

碑文
カミロ・コンスタンツォ神父は、ナポリ王国のコセンザ村に生まれた。
1591年9月8日イエズス会に入会し、神父の位を受け、
1603年インドに出発し、1605年8月18日、日本に着いた。
1614年マカオに追放されたが、1621年日本に帰り、
1622年4月24日、宇久島で捕縛された。
同年9月15日、田平のこの地で火刑に処され、50歳の生涯を
神に捧げた。
カミロ神父は、神の助けによって恐れることなく、
自分の命を神に捧げるよろこびにひとみを輝かせ
「すべての民よ、神をほめたたえよ」と歌い
「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな…」と5回祈って
すべての人の父のふところへ帰天した。
カミロ神父は、誰も恨まず、すべての人が幸せに、
また永遠の命に生きることを願って命を捧げた。
それは人間として、美しく、尊い、
生と死のありようであった。
250年に及ぶキリシタン弾圧は、日本の歴史に
大きな波杖を投げかけている。
その間神に捧げられた命は、「日本の歴史の光」である。
ここに、恒久の平和と信教の自由を願い、
カミロ・コンスタンツォ神父の遺徳をしのび、
この碑を建立するものである。
1990年 3月 焼罪の碑建立委員会

焼罪史跡公園5
殉教の碑裏側。

焼罪史跡公園6
オブジェの一部に
業火に焼かれるカミロ・コンスタンツォ神父が描かれています。

焼罪史跡公園7
カミロ・コンスタンツォ神父の遺体は焼かれた後、
背後の海に遺棄されたそうです。


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