心霊スポット朱い塚-あかいつか-

別大国道
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別大国道

別大国道1
別大国道
別大国道というのは、大分市と別府市の境目付近の国道10号線のこと。

マラソンコースでも有名な夜でも車両の多い道路だが

地元では心霊スポットとしてかなり有名である。


別大国道2
別大国道(旧道)カーブに大きなお地蔵様がある
この辺りが仏崎と呼ばれかつては電車の事故があった付近でもある。



別大国道3
いつの頃からか片手が垂れ下がりはじめた
(右手)


別大国道4
このお地蔵様自体も交通事故に何度も巻き込まれている。
よくみると修復跡がある。


2014年再び訪れてみました。

別大国道5
お地蔵さんは国道10号線の旧道に健在でした。

別大国道6
あまりお変わりないようで安心しました。

別大国道7
「いろはす」が例の宝珠の上に乗ってます…
誰かのせたんでしょうか。

別大国道8
また折れたのか…下半身に接合した跡がありました。
数年前にはなかったので…
以前旧道でなかったときは、車の衝突とかがあったようで
何度も修復されたそうです。


別大国道の動画はこちら


怖い話「仏崎…

別大国道というのは、大分市と別府市の境目付近の国道10号線のことです。
マラソンコースでも有名な、きれいな海沿いの道で夜でも車の多いところですが
地元では心霊スポットとしてかなり有名なところです.
この国道沿いに鉄道があるのですが、実は30年ほど前、ここで土砂崩れがおき、
たまたまそこを通っていた電車が巻き込まれたのです。
乗客は皆、生き埋めになったといわれています。
そしてその事件以来、なぜかその場所での交通死亡事故が激増しだしました。
人々から魔のカーブと恐れられています。(確かに急カーブなのですが...) 
あまりに事故が多いので、とうとうその場所の横に(わざわざ、海を埋め立てて)
新しい道が作られたのです。 今ではそのカーブは通れなくなってます。
それでも別大国道全体は、霊の出る道として有名な場所です。


魔のカーブの正式な名称は、仏崎といいます。名前の由来としては、いくつかの説があるのですが、
仏崎に死体(仏ともいう)がよく流されてきたからという話が最も有力と思われます。
私も実際に水死体を2度目撃したことがあります。
地蔵についてですが、あの地蔵の首は3回もぎ取れています。
原因はもちろん事故による衝突です。
仏崎にはもうひとつ不思議な話があります。
10年ほど前の話ですが、あの辺一帯に赤いワンピースを着た女の霊が出るという事件が
話題になりました。地元のラジオ番組でもとりあげられたほどです。
目撃情報がいくつかラジオ番組に寄せられたのですが、その中の1人は私の母でした。
赤いワンピースの女が雨の中、傘もささずに線路脇をあるいていたそうです。
他にも仏崎にまつわる話はいろいろあります。

仏崎で起こった列車事故について

30年ほど前は私は生まれていなかったのですが、
私の父はそのころ、件の電車事故を起こした(?)大分○通に勤めておりました。
当時は大分市内および大分・別府間に路面電車が走っており、
父はその電車の車掌をつとめていました。
父は三十数年勤務した会社(件の大分○通とは別)を昨年末退社したのですが、
今でも当時の事故を よく覚えていました。
「激しい雨の日だった」と父は語ってくれました。
その日、朝勤務→昼一時帰宅→夕方から再勤務という変則の勤務体制だった
父の待機する建物に、一人の男が駆け込んできたそうです。
自転車で駆け込んできたその男はずぶ濡れのまま、
「電車が埋まった.みんな死んだ」
と叫んだそうです。
事故発生時刻は 「午後4時頃、仕事・学校から帰宅する人が多くなってきたとき」ということです。
事故が起こった当時の仏崎について父は、次のように語っています。
「海岸沿いにある路線だが、反対側が岩壁だ。
電車の窓をあけて手を伸ばすと岩壁に手が触れるほど、すれすれを電車を走っていた」
そして激しい雨のためその岩壁は崩れたのでしょう。
岩壁と密接に走っていた電車は、その衝撃で押し潰され、原型を留めていませんでした。
父の会社は騒然となり、社員は次々と現場に向かったそうです。
(父は勤務があるため、その場に残った)
人的被害について父は、 「乗客のうち24か34人が死んだ。運転手と車掌は生きていた。
が、事故直後、土砂に埋もれた運転手を助けようとした車掌が、続けて発生した崩落に巻き込まれた。
結局、車掌の方が重傷になった。下半身がヒドイありさまだった・・」と語ってくれました。
そしてその車掌と同僚だった父は、その見舞いにも行ったそうです。
その後、父は大分○通を退職し、別の職場へ就職しました。父は言いました。
「あの場所は昔から仏崎とよばれていた。」
では、あのカーブに置かれている地蔵は昔からあったの?と聞く私に父は
「いや、あれは別大国道の事故が多いための置かれたのはないだろうか。
電車事故の前には付近に地蔵様はなかった」
ふ〜ん と話を終わろうとした私に父は不思議なことを教えてくれました。
「地蔵はなかったがな、仏崎には念仏を書いた場所があった。
今もまだあるかどうかは知らんが、地名からしてもあそこはそういう場所なのかもな・・・」

●ここは私が、大学に入る2年前、外国人留学生が事故を起こして、5人死んでます。
有名ですね。当時、大分ではデカデカと新聞に載りました。

●僕の聞いた話では夜中の3時に黄色い帽子で幼稚園の制服のようなものを着た
子どもが一人で歩いていたという話です。
あと、例のカーブ付近はホントにやばいです。

また、そのカーブに大きなお地蔵様があるのですが、なぜか片手が垂れ下がっています。
それは今でも謎です...。


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