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下原処刑場跡
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下原処刑場跡

下原処刑場跡
下原処刑場跡
さいたま新都心駅の近くにぽつんとこの祠があります。
実はここには因縁があったのです。
以下看板より

火の玉不動尊・お女郎地蔵の由来
石仏に刻まれている文言
★火の玉不動尊(左側の石仏)
「無縁法界菩薩・寛政12年甲12月建立」
★お女郎地蔵(右側の石仏)
「為無縁・天保6年3月吉日・施主条三郎」

伝説と巷説
◎高台橋のお女郎地蔵
昔、大宮宿に柳屋という旅籠があり、
この柳屋には千鳥、都鳥という姉妹がいて旅人の相手をしていた。
この姉妹は親に捨てられ、宿の人に拾われ育てられてきた。
その養い親が長患いで先立ち、借金だけが残っていた。
この借金のため姉妹は柳屋に身を沈めたのであった。
美しい姉妹は街道筋の評判となり、男冥利には、
一夜なりとも伎寝の床を共にしたいと思わぬものはなかった。
そんな数ある男の中で、宿場の材木屋の若旦那と
姉の千鳥が恋仲になり、末は夫婦にと固い約束を交わしたが、
当時、悪名高い大盗賊神道徳次郎が千鳥を見染め、
何が何でも身請けするという話になってしまった。
柳屋の主人は、材木屋の若旦那のことを知っていたので、
返事を一日延ばし、二日延ばしにしていたが、
業を煮やした悪党徳次郎は、宿に火をつけると凄んできた。
千鳥はこれを知って、主家に迷惑は掛けられず、
さりとて徳次郎の言いなりにもなれず、
思い余って高台橋から身を投じてしまった。
その頃から高台橋辺りに千鳥の人魂が飛ぶようになり、
哀れに思った人々がその霊魂を慰めるために、
お女郎地蔵を建てたのだと言われている。

◎火の玉不動
その頃、高台橋付近をふわふわと飛ぶ火の玉を人々は見たが、
それは神道徳次郎に見染められ、進退極まって高台橋から投身し果てた
遊女千鳥の霊魂だという噂もあれば、
実は傍らにあった石の不動明王の仕業という話もあった。
毎夜のように高台橋周辺に火の玉が飛ぶので、
その正体を見極めるために多くの力自慢や腕利きが出かけたものの、
どうも気味が悪く近づけなかった。
ある夜、1人の男が、小雨の降る中を松の陰に潜んでいると、
深い谷あいから、例の火の玉がふわりふわりと尾を引いて流れるように飛んできた。
男がその火の玉に無茶苦茶に斬つけると
「キャー」と声がして消えてしまった。
火の玉が消えた暗がりをじっと見すえると、
物凄い形相の男が立っていた。
おそるおそる正体を尋ねると「俺は不動明王だ」と
名乗り「お前に剣を斬り落とされた。」と言って消えてしまった。
翌日、この話を聞いた人達が、高台橋に行ってみたら、
なるほど石の不動様が怖い顔をしていたが、剣は持っていなかった。
そこで人々はこの不動様を火の玉不動と呼んだという。
因みに「お女郎地蔵」の伝説に登場し数々の悪行を
重ねた神道徳次郎は寛政元年(1789年)
この高台橋傍らの刑場の露と消えた。と伝えられている。
平成19年8月吉日 
奉納者 北袋お地蔵祭り実行委員会

下原処刑場跡2
火の玉不動明王
右手に剣らしきものがあるようなないような…

下原処刑場跡3
お女郎地蔵
遊女千鳥を祀ったというお地蔵様。

さて、このふたつの石仏、それぞれに「無縁」という文字がつきますね。
江戸時代、刑場で斬首された人の罪状で最も重い罪の場合、
お墓を作って刑死者を弔うことは許されていませんでした。
筆者は当時の周辺住民がもちろん遊女を弔う意味もあったと思うのですが、
刑死者を弔うためにもこの地蔵を建立したのではないかと思います。
ふたつの石仏の「無縁」という文字にその意味があるのではないかと。

そして、この祠がある裏(現在は商業施設)が
下原処刑場があった高台橋の辺りとされています。

下原処刑場跡4

現在は過去処刑場があったとは思えない立派で明るい商業施設です。
考えたら筆者も安室奈美恵のコンサートで来た時に立ち寄りました。
史実にびっくりする思いです。


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