処刑場跡朱い塚-あかいつか-

処刑場写真
処刑場写真




ネットでもすでに流出しているが、
江戸時代末期〜明治時代初期に海外から
来た外国人により当時の日本社会をカメラで撮影していた。
後に写真は売り出され、絵葉書になったり、国内にも流通。
以下の写真もそのうちの数枚である。
写真に解説があったが、古い文字のため、
「日本残酷写真史」にあった解説も引用する。
仇討の図
写真は見方によってはグロ画像ともされますので
抵抗ある方はここで戻ってください。

















処刑場写真磔
明治2年横浜クラヤミ坂刑場
葡萄牙人(ポルトガル人)ダーローザ撮影
強盗を手引きして主家に押入主人を殺せる
質屋の番頭の磔刑(写真の解説文)

1867(慶応3)主人とその息子を殺害したという罪で、
信州木曽村の23歳の青年・壮吉が処刑された。
のど元が見事に槍で貫かれている。
ベアド撮影(日本残酷写真史より)

磔刑ではのど元の一撃がとどめとなる。

処刑場写真獄門
強盗3人の獄門

処刑場写真暗闇坂処刑場
クラヤミ坂刑場の景。
獄門(晒し首)が並んでいる。

処刑場写真保土ヶ谷処刑場獄門
明治5年の保土ヶ谷刑場
笠原伊兵衛なるもの母親むめを商人より購入せる
鼠取用毒薬を以って毒殺したる為
獄門されたるもの



処刑場跡朱い塚-あかいつか-