人恋しい少年

怖い話

人恋しい少年

投稿者:にゃんたさん


もう十年程昔の冬のことです。
正月明け実家から帰ってきた私は家に行く途中の
大きな十字路に花がいっぱい飾ってあるのを見て
「可哀想に。お正月中に誰かここで交通事故にあったんだ」
と思いました。
さて仕事が始まり連日夜かなりの残業に明け暮れていたのですが
私には心のなぐさめがありました。

運河に冬場だけ飛来してくる鴨に毎晩餌をあげることだったのです。

仕事がきついのだから一分でも早く帰って眠れば良いのに

餌によってくる50羽程の鴨かわいさに毎晩餌まきをしていました。

その日は仕事の終わりが特別遅くそこについたのは深夜の二時頃でした。
道路から餌まきの運河沿いに出るにはどうしても
交通事故のあった脇を通らなければなりません。
今まではさほど気にはならなかったのですがその日は
深夜だったせいか「なんかいやだな」と感じました。
でも餌を待っているかわいい鴨のことを思い
その場所をすり抜けた時、せなかに「ゾクッ」と寒気を感じました。
いつものようにフランスパンを一本ちぎって撒き、
ちぎって撒き集まった鴨と一時の楽しい時間をすごしました。

家はそこからすぐのところです。

帰ってしばらくたって電気を消し寝床に入りました。
「ん?なんだこの音?」
明らかに台所の蛇口から水が流れる音です。
でも妙に音が小さい。
電気をつけて台所に確かめに行くと蛇口はしっかり閉じています。
「気のせいかな?」
再び電気を消すとまた水が流れる音。

今度はお風呂場を確かめました。
ユニットバスですからお風呂もトイレも同時に確かめられます。
やはり水は流れていません。

「おかしいなぁ~」。

布団に戻り眠ろうとするとやはり水が流れる音がします。
「きっと気のせい、気のせい」
と今度は無視して眠る事にしました。

その翌日仕事から帰ってくるとやはり水が流れる音がします。
こうして実態の伴わない水音に慣れてしまった頃、
家の中に人の気配を感じるようになりました。

「彼」は私が家に帰ってくるのを毎日待っていました。

悪意の無いとてもやさしい少年で不慮の交通事故に巻き込まれた為、

まだ自分が死んでしまった事が分かっていなかったようです。

彼の優しさ、人懐こさが伝わってくるため全然怖くはありませんでした。

彼の名前や年や家族の事、学校の事、
頭の中にスクリーンのように理解できました。

こうしておよそ三ヶ月彼との奇妙な同居生活は続きました。
人に話しても多分信じてもらえないと思い、
誰にも話さず私だけの秘密にしていました。

ある日の事、友人三人がわたしの家に遊びにきました。
夜遅くまでバカ話をしてみんな終電前に帰っていきました。
中にとても性格のやさしい女性がいました。

彼らが帰ったあと部屋の中から少年の気配がいなくなっていました。

「あ、誰かについていっちゃったんだ」。

彼のいない部屋はワンルームなのにとてもだだっ広く寂しいものです。
なぜか毎日呼びかけていた彼の名前が出てきません。
「あれ、なんて名前だったっけ?」
しばらくしてランチ仲間と食事をしていた時、うちに遊びにきた
こころやさしい女性がぽつりとしゃべりだしました。

「最近おかしいのよねぇ」

「どうしたの?」
「夜になるとうちの中のどこかから水が流れる音がするのよねぇ。
でも確かめにいくとどこからも水が流れてなくて。

それが毎日、何回もなのよぉ」

ああ、彼やっぱりついてっちゃったんだぁ。
それからしばらくして彼女の家でその音はしなくなったそうです。
また誰かについていっちゃったみたいです。

水遊びの好きな心優しい少年はずっとさまよい続けているのでしょうか?
今は一体誰のところにいるのでしょう。
たまにふと気がかりです。



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