投稿者:T.Rさん
続きを送るのが遅くなってしまいました。
前編のことなど忘れてしまった方がいらっしゃるかもしれませんが...。
さて、黒い影を目撃してしまった私は、人のいるところへ逃げようと思いました。
その間に、ひょっとしたら影はいなくなってしまうかも、そう思ったのです。
そこで、私は近くにある警備員室を目指しました。
そこなら電気も明るく、警備員さんが常駐しているはずだからです。
そこについた時、警備員さんは驚いたようでした。
そんな時間(23時ころ)にそこにいる人間など珍しいからです。
しかし、青ざめた私の顔を見た途端、警備員さんは
『あら、また出たのかい』と、
フォローにならない言葉を明るく言い放ってくれました。
『ここ、多いんだよねぇ』
『あそこの教官室なんか、毎晩声が聞こえるんだよねぇ』
『あそこの教官になった先生、必ず50前に死ぬんだよねぇ』
などと人をどん底にまで叩き込んでくださる話を散々してくれた後、
『まあ気をつけてね』と、とても明るく送り出してもらったのでした。
私は、最前上ろうとしていた階段に向かいました。
さっきのは気のせいだったと思い込みたかったのかもしれません。
非常階段を壁で覆ったようなその階段は、上っていく足音がよく響きます。
私の履いていたドライバーズサンダルも『パタン、パタン』という音を響かせています。
ふと、私は足を止めました。
『音が違う...』
いつもなら、私のサンダルは『パタン(ン)、パタン(ン)』という反響をするはず。
しかし、その日に限って、『パタ(パタン)、パタ(パタン)』という音がするのです。
とても微妙なそのずれが、妙に気になりました。
しかし、音の違いに気づいて立ち止まった瞬間、
後ろには、あまりにもはっきりと、
人の気配が感じられるようになっていました。
もう戻れません。
降りるためには後ろを振り向かなければなりません。
いやでも、上に向かって歩き出さなければなりませんでした。
『パタ(パタン)、パタ(パタン)』という足音のずれを、
「気のせいだ」と信じて上るその階段は、恐ろしく長く感じられました。
やっと4階についたとき、私は、山登りでもしていたかのような
疲労感を感じていました。
しかし、その階段の出口から、実習室までは約80mほどあります。
まだ歩かなければなりません。
重い足を引きずり、歩き始めたその瞬間。
「バン!バン!バン!バン!」
私の足音と同調して、廊下に置いてあったロッカーが
音を響かせました。
一度なら、体重移動の拍子に、ロッカーがきしむこともあるかもしれません。
二度目までも許容範囲でしょう。
しかし3回では、それは考えにくい。
まして、そのロッカーは今でも毎日使われているものです。
それほどの構造疲労を起こしているとは考えにくい。
そしてこの音は四回。明らかに威嚇しているとしか考えられない。
それだけのことを考えるのが一瞬だったような気がします。
思わず立ち竦んだ私は、しかし背後から迫る気配に、
再び歩き出さざるを得ませんでした。
後ろの気配は、明らかに階段のときよりも近くなっていたからです。
その途端、
「バン!バン!バン!バン!」
またロッカーが鳴りました。
恐怖に痺れたようになった頭で、私はただひたすら、
実習室にたどり着くことだけを念じていました。
足が鉛のように重い。体も、恐ろしいほどの圧迫感を感じています。
足を引きずるように、まだ続く「パタ(パタン)、
パタ(パタン)」の音に押されるようにして、
私は実習室をめがけて歩いていました。
を進める度に、後ろの気配はじりじりと近づいてくるような気がしていました。
息遣いさえ感じられます。
首筋から耳元に息遣いが近づいてきたことだけは、
はっきりと覚えています。
それ以外は、何か別の世界で起こっているような感覚でした。
近づいてみると、実習室には明かりがついていました。
なんだかやっと現実の世界に戻ってきたようでした。
しかし、そうすると、この息遣いも現実だということになってしまいました。
どんなにいやでも、事実として認めなければならなかったのです。
息遣いが、顔の横にまで来た時、やっと第1実習室の前にたどりつきました。
『ああ、これで助かるんだ』
と思いながら、疲労感で重くなってしまった腕を持ち上げ、実習室のドアを開けました。
先輩と同級生は、そこでだべっていたようでした。
二人がドアを開けた私の方を向き、
そして、声にならない悲鳴をあげました。
私は、無意識に、窓を見ました。
外は暗く、そのせいで、窓は明るい室内を映し出していました。
そこに映っていたのは、二人がのけぞる姿と、
そしてジュースを持って突っ立っている私の姿、そして...。
私の右の肩口に浮かぶ幽鬼のような男の顔と、
私の肩に今にも触れんばかりになっている骨と皮だけの長い四本の指でした。
自分のものではなくなったように疲れ切った体が膝から崩れ落ちる瞬間、
耳元で何かがささやいていたような記憶があります。
この日から3日連続で、私は奇怪な経験をさせられることになります。
おかげで、たいていの妙な経験にはびびらないようになりました。
でも、その3日間が過ぎたとき、私は一人で実習室に入ることができなくなりました。
今でも、視線を感じることがあります。
誰にでもあることです。
ですが、その度に私は全身に鳥肌が立ってしまうのです。
またあの気配が、息遣いが、後ろから迫ってきているんじゃないか、
そんな気がして...。