かつてこの兵隊の像の手は敬礼していたという。
しかしその手はみるみる下がり、
現在は完全に手をおろしているという。
地元のテレビ局が取り上げたそうである。
閑静な住宅街の一角の墓場にぽつんとある。
また一説では
兵隊像が持っていた物が
上向きだったのが下向きになったという。
おそらく戦争の戦没者を祭ったと思われる兵隊の像。
「手が下がった」というのは一体どういう意味をもつのだろうか。
推察するに、兵隊の像は戦没者慰霊のために建立されたのではないか。
全国的にも寺社を中心に慰霊碑(第二次世界大戦や日露戦争など)がある。
この周辺にも日露戦争の慰霊碑などが点在していた。
この兵隊の像は東の方向を向いているのでひょっとしたら
第二次世界大戦のものかもしれない。
少なくとも半世紀程度ここにあるのではないだろうか。
2014年再び訪れてみました。
住宅街の一角にぽつんと古い墓地があります。
久々に来ましたが、健在でした。
しかし周辺墓地はほとんど管理されてませんね?
一際悲しく兵隊の像が見えました。
いまでも敬礼しているんでしょうか…。
●大分市内の町中に昔からある少年兵の石像
はじめ、左手は敬礼のポーズをとっていた
しかし、その手が年々下がっていってるという
HUNGさんレポート
そもそも、この像を調査するきっかけになったのは
ひろ様のHP「川崎系不思議な世界!蒼い馬」
の、大分スポットのところに載っていて
そ~いえば昔の友人が
そんな像があるっていってたな
と思い出したので
ひろ様に調査をすると言ってしまったのだ
(なぜ、ひろ様はそんな大分のマイナーな
スポットを知っていたのだろう。謎だ!)
とりあえず、その友人のとこに電話をかけた
「あ、もしもし…HUNGだけど… 久しぶり….元気?
たまには、会わない?(←わざとらし^^;)
え、OK!?」
よしっ!!調査開始!!
数時間後、その友人と再開
しばらくは積もる話をした後でさりげなく切り出す
「そういえば、今思い出したけど(←^^;)
昔、こんなこと話してたっけ
この辺にある兵隊の像の手が動くとか・・・」
そう言うと、友人はもう一度説明してくれた
その像は、友人が子どもの頃に見たときは
確かに左手で敬礼をとっていたという
しかし、だんだん手が下がってきて
友人が何年か前、最後に見た時は
手は真横になっていたそうだ
なんでもその時に地方の情報誌に一度
ミステリースポットとして載ったらしい
(まさか、ひろ様はその本を読んで・・・!?(笑))
「その像、今もあるの?」
「あるよ」
よっしゃ!!早速 友人の案内でそこに行くことに
場所は市内のモロ町中にあるという
そしてたどり着いた所は・・・・
うっ、お墓・・・・・
お墓といっても小さなお墓であった
そして、その真ん中に立っているアレは、
数時間後、その友人と再開
おおっ!!少年兵の石像だ!!・・・しかし!?
手・・・確か左手だったよな・・・・・・。
よしっ!!調査開始!!
か、完全に下がっているぞ!ほんとにこの像だったのか?
友人にきいても「うん、間違いない。」と言う
ついに下がるとこまで下がってしまったのか・・・・。
もう少し近づいて、えいっ!パシャリ!!
よく見れば微妙にまだ左手が少し浮いている
では、最後に問題の手のどアップを・・・
ほんとにこの手が昔、敬礼をしてたのだろうか?
友人だけでなく地元で有名になっているから、そうなのであろう
しかしなぜ大分のある像は皆、手が下がるのかねぇ
別大国道のお地蔵様もそうだったし・・・・
(あっちは、はじめからそう作られてたみたい)
国東半島にある石仏なんて喋るっていうし・・・・
宇佐市にある鬼のミイラなんてほとんど化石だし・・・・
おっと、関係のない話になってしまった
とにかく大分は不思議な石像がたくさんある所です
大分県心霊スポット