赤水門は以前テレビでお笑い芸人のやるせなすが番組内で
心霊スポットとして取り上げてから心霊スポット化した
比較手的新しい?心霊スポット。
正式名称は旧岩淵水門。近くに青い水門がありそちらが新岩淵水門。
1924年完成。
今は水門としての役目を終え、公園として整備されている。
赤水門の隣の橋を越えて公園へ。
さすがに昼間だけあって人がいた。
公園を一回りしながら赤水門を望む。
すぐそばに新岩淵水門、青水門があった。
赤水門の付近は流れが緩やかというかよどんでいる。
どうも水死体などがこの辺りで発見されるとか。
島の一箇所に花束があった。
ここで何かあったのだろうか?
2015年再び訪れてみました。
前回訪れた時とほとんど変わりなく。
快晴で人もいました。
この看板は前回なかったですね。
旧岩淵水門
■旧岩淵水門のあらまし
昔、荒川下流部分は現在の隅田川の部分を
流れていましたが、川幅がせまく、
堤防も低かったので大雨や台風の洪水被害を
たびたび受けていました。
そのため、明治44年から昭和5年にかけて
新しく河口までの約22kmの区間に
人工的に掘られた川(放水路)を造り、
洪水をこの幅の広い放水路(現在の荒川)から
流すことにしました。
現在の荒川と隅田川の分かれる地点に、
大正5年から大正13年にかけて造られたのが
この旧岩淵水門(赤水門)です。
その後旧岩淵水門の老朽化などにともない、
昭和50年から新しい水門
(旧岩淵水門の下流に造られた青い水門)
の工事が進められ、昭和57年に完成し、
旧岩淵水門の役割は新しい岩淵水門(青水門)に
引き継がれました。
長年、流域の人々を洪水から守り、
地元の人たちに親しまれた旧岩淵水門は
現在子どもたちの学習の場や、
人々の憩いの場として保存されています。
近代化産業遺産
近代化産業遺産の価値を顕在化させ、
地域活性化に役立てることを目的として
経済産業省は平成19年に国や地域の発展において
貢献してきた建造物、機械、文書などを対象に
「近代産業遺産群33」を取りまとめました。
平成20年度には、その中の「国土の安全を高め
都市生活や産業発展の礎となった治水・防砂の歩みを
物語る近代化産業遺産群」において
「旧岩淵水門及び荒川放水路」が認定されました。
このほかにも旧岩淵水門は「日本の近代土木遺産」
「東京都選定歴史的建造物」「北区景観百選」に
認定されています。
岩淵水門を渡ると島に出ます。
前回もありましたオブジェ。
前回より人が多いので撮影が限られます。
暑い日でしたから水門の付近の日影で休む人が
結構いました。
岩淵水門からほど近い荒川のほとりに地蔵尊がありました。
由来
荒川に於て子供達の
水難事故が多く
その供養のために
地元の有志の方により
出来たお地蔵様です
昭和40年5月14日寄贈
川施餓鬼供養日
7月15日
この地蔵、頭が無くなって
なんと木で頭が造られて置かれてました…。