Wの広場

Wの広場 心霊スポット
Wの広場

宝塚過激団氏レポート
淡路島南部の小さな湾を見下ろす山上に建つ建物と慰霊塔。
第2大戦時の時に学徒動員された青年たちの遺品を展示してあったが、
閉館して、半分廃墟状態になっている。
(”ひめゆりの塔”が廃屋になったようなものと思ってください)
淡路島屈指のスポット。
目撃情報としては、兵隊さんを目撃した、というもの。
兵隊さんの出没するところとしては島内でもっとも多いとのことである。

参加メンバー:宝塚過激、Win@あとらんてぃすの2人
Win@あとらんてぃすさま(以下Winさま)は
オカルトサイト開設を目指してのレポート溜め込み中。
Wの広場
”Wの広場”
”広場”といってもべつに公園ではなく、
資料館・慰霊碑等のことを”Wの広場”というらしい。
ここは第2次大戦時の学徒動員された青年たちの遺品を集め、
展示していたところである。
しかしながら阪神大震災の前に観客数の落ち込みから
閉鎖を余儀なくされ、震災により立ち入り禁止となった・・・という話である。
ここは淡路島屈指の心霊スポットと言われ、
兵隊の幽霊がよく目撃されるという。
建物の由来が戦争に関するものであるため、
兵隊の幽霊が出るというのも納得できる。
屈指のスポットといっても島外にはほとんど知られていないのだが・・・
さて、ここの話は職場の同僚から聞いてはいた。
が、来るのは初めてである。
まずは昼間のうちに下見をするためWinさまと車で
麓の港町から車で山の上の”Wの広場”へ。
上ってくるとちゃんとした正門があり、
その上に駐車場らしきところがある。
そこに車を停める。
”Wの広場”が山のてっぺんにある。
広場といっても建物。
Wの広場2
上の建物が”Wの広場”、資料館。
カラスが多くてなんか不気味。
Wの広場3
”Wの広場”への階段。さほど荒れていない。
余談ではあるが、同行したWinさまが撮った
この階段の写真の上のほうには妙なモヤが写っていた。
私も並んで写真を撮ったのに私の写真には
何もおかしなところはない・・・・・謎。

さて・・・上へ。
Wの広場4
現れた・・・これが若人の広場・資料館。
とても立派で廃墟になっているようには見えない。
Wの広場5
建物を示すプレート。
この建物は山の頂に建っているため、実に眺めがよろしい。
資料館横からの眺め。
Wの広場6
向こうに見えている大きな橋は鳴門大橋である。
そのさらに向こうは四国・徳島。
資料館横が通路になっていて、そこを通り抜け
階段を上ると資料館の屋根が広場になっている。
”Wの広場”というのは、ほんらいこれらの広場のことなのか?
Wの広場7
資料館の屋根の広場からは慰霊碑が見える。
全体に立派で新しく建物もあまり傷んでもいない。
あんま廃墟っぽくない。
Wの広場8
広場からの淡路島内陸部の眺め。
ほんま風光明媚~。
このあと、広場から資料館の中へ降りる入口を確認して
ここを退散したのであった。
次は暗くなってから。
夜来たらここはどんなことになっているか・・・
Wの広場9
”Wの広場”夜間編
夜になってから再び”Wの広場”へ。
夜といってもまだ9時過ぎぐらい。
あまり遅い時間ではない・・・が山の上。
人家は全くない。
麓の港町を通り山の上の正門を抜けて、
昼間と同じく駐車場らしきところに車を停めた。
ただ、すぐ逃げ出せるように車を方向転換、ドアはロックせずに置く。
階段の下に立つ・・・・・。
Wの広場10
・・・ビビリまくり。
実際はこの夜は晴れわたった満月で、けっこう明るいのだが・・・
おそるおそる階段をのぼる。

宝塚過激団氏レポート
Wの広場レポート2-11
・・・やってきました、”Wの広場”の資料館。
昼間と違って不気味~。
しかしながら空気はさほどヤバイ感じはしない。
まだ大丈夫、って感じ。
実際ここはどこも夜景がきれいなのだ。
デートスポットにぴったりなくらい。
さらに先へ進む。
Wの広場レポート2-12
資料館横の通路のところの入り口。
板で塞がれている。
このへんいかにも廃屋らしい。
Wの広場レポート2-13
階段から資料館の中がかいま見える。
怖い・・・中から誰か覗いてきたらどうしよう・・・
Wの広場レポート2-14
階段を上った資料館の上の広場からの夜景。
夜景がヤケにきれい(ダジャレ)。
資料館の上の広場からまた階段を下りると、
もうひとつ資料館への入り口がある。
でもなんでこんなお城風?なんだろう。
Wの広場レポート2-15
この奥の右側がもうひとつの資料館入り口。
ぐっと雰囲気が重くなる・・・
Wの広場レポート2-16
ちょっとピンボケしてますが・・・
いよいよきました、資料館入り口。
もちろん中は漆黒の闇。ヤッバそ~・・・
怖いよぉ~!!おかぁさ~ん!(謎)
Wの広場レポート2-17
トタンの隙間から中へ。
Wの広場レポート2-18
入ってすぐ。
パネル展示。
展示物の新聞がまだ張られている。
Wの広場レポート2-19
資料館中。
真っ暗・・・・・圧迫感を感じるが、それほど強くはない。
オーブがちらほら。
足元にはガラスなどがいくらか散らばっている。
荒らされたのか?その割には落書きは全くない。
展示されていたはずの戦没学徒の遺品類は
閉鎖時に回収されたのか、まったく見当たらない。
Wの広場レポート2-20
オレンジ色の光は懐中電灯。
このパネルは外の階段のとこからでも見えた。
これを写真に収めておきたかった。
このパネルには戦時中のシャレにならない詩、そして記事が書かれている。

芋でない
本当の飯を
腹一杯食べたい
心の中を歌う
詩というものを
一度作ってみたい
そしてゆっくり眠りたい

・・・・・・・・・・

宝塚過激団氏レポート
Wの広場レポート3-21
「・・・・・君が死の前日に記した日誌である。
同君は、大阪市立第七工業中学より住友○工に動員。
昭和二十年六月十五日アメリカ機の空襲直撃で戦死十五才」
「鉄兜は同君が、その時着用のもの。
弾は鉄カブトと体の中を貫き、腰部を通して飛散した。」

・・・・・・・・・・。
どうやらここには遺品の鉄兜が展示されていたらしい。
パネルの前に竹が突っ立っている。
それに鉄兜が被せられていたようだ。
・・・・・そりゃ幽霊も出るわけだ。
Wの広場レポート3-22
これね。
Wの広場レポート3-23
さて次。
Wの広場レポート3-24
オレンジの光は懐中電灯。
どうやら事務室のよう。
書類など机の上が比較的そのままなのに
ガラスが割れてるのは・・・・・震災か?
ちょっとここは遠いと思うんだが。
Wの広場レポート3-25
資料館内部べつのところ。
といってもこの建物、以外に狭い。
便所は地階にあった。が、便器は割られていた。
それ以外は大して荒らされたりしたようには見えない。
落書きも見えないし。
Wの広場レポート3-26
資料館の探索を終えて外へ出る。
・・・・・入ってみたら意外に怖くなかった。
これは多分、遺品類が撤去されてしまっているからだろう。
遺品類が残っていたらこんなもんじゃないはずだ。
資料館を後にし、慰霊塔の方へ向かう。
Wの広場レポート3-27
慰霊塔への道。
オレンジの光は懐中電灯。
と・・・オーブが少し。
Wの広場レポート3-28
これが慰霊碑。ふもとの町からでも見える。
真っ暗でようわからん。
これで調査を終えて、車のところへ戻る。
Wの広場レポート3-29
帰り道、階段のところ。
誰かついてきてるかな・・・?と思って写真を撮ったらオーブがついてきてました。
お見送り・・・かな?
意外に怖くなかったし、別段変な写真も撮れんかった。
ちょっと拍子抜け。
ま、だからといって兵隊さんを目の当たりにはしたくないが。
この日は晧晧とした満月だった。
新月の闇の夜にはまた違った顔を見せるのかもしれない。

これにて”Wの広場”の調査終了。


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