首無し地蔵。
昔相模の旅の僧が荒れたこの土地を見て、
為政者の無能を批判し、それを聞いた役人が
僧の首をはねてしまったのである。
哀れに思った土地の人々は地蔵を作り、
僧の供養をした。
ところがこの地蔵、何としても首がころげ
落ちてしまうので、やむを得ず首のないまま
まつったということである。
ふるさと八王子(八王子市発行)より抜粋。
確かによだれかけがないとこれが地蔵であったか
よくわからないかもしれない。
また同書には別の伝承も書いてあった。
この土地で馬方をしていた者が、江戸の馬方宿に
泊まった晩のこと。宿の近くで火事があり、
とび出してみると、あんまが小さな包みを抱えて
途方に暮れていた。それを見た馬方は、
包みを奪って逃げてしまった。包みの中身は
金であったという。その後、この馬方は
不幸が続いたため、あんまの供養に地蔵を
作ったということである。
地蔵の首のないのは相模の石工が運んで
くる途中で割れたのだという。
首なし地蔵は首から上の病気や首が回らないとき
(忙しいときや金の工面がつかないときも)
功徳があると言い伝えられている。
裏手にも地蔵や観音像があった。
観音像には「元禄」の文字が。
結構古い物のようだ。
戒名らしきものが書いてあるので
元はお墓なのではないだろうか。