姥ヶ池

心霊スポット

姥ヶ池
東京都
「一ツ家(ひとつや)伝説」
「一ツ家伝説」というのを聞いた事があるでしょうか?
余り耳慣れない言葉ですが、いわゆる「安達原の鬼婆」というのが、
恐らく日本一有名な「一ツ家伝説」群の内の一つです。
一ツ家というのは、元々は「野中の一軒家」という意味ですが、
その伝説としての内容は、旅の途中で一夜の宿を願う旅人達を招きいれては、
夜半、眠っている所を襲い、金品を奪って旅人を殺してしまうという陰惨なお話です。
それがここ、浅草の地にも伝えれています。
記録にあるものとしては、元禄時代の「江戸咄」五の「明王院の嫗ヶ池(おうながいけ)」に
あるものがそれです。
浅茅ヶ原の話とも言われるこの話の要約をすると、
老婆と若い娘が住んでいた家があり、旅人を泊まらせて石の枕に眠らせ、夜中に大石を落として殺害し、
衣服や金品を奪って生活していた。
ある時、浅草の浅草寺に祭られている観音様が稚児に変身してこの家に泊まるが、
娘はその稚児に一目惚れをしてしまい、身代わりに眠っている所を老婆に殺されてしまいます。
嘆き悲しんだ老婆は、嫗ヶ池(姥ヶ池)に身投して死んでしまいます。
この話の原型は、元禄時代よりも更に200年程遡るともいわれ、
廻国雑記という書物で紹介されている話は、やや違った話になっています。
そちらの方の話では、娘を遊女として利用した父と母が旅人を誘惑し、
夜半に寝入っている所を石枕で打ち殺して金品を奪っています。
やがて、予てよりの行為を後悔した娘は、旅人の振りをして
眠っている所を父と母の手によって殺されてしまいます。
その後両親は自分達の過ちを後悔して、娘の菩提を弔いながら、生きていく事になっています。
これは、永年この地に伝えれてきた話が、浅草寺への信仰が確立していく中で、
迎合し変形していった為ではないかと思われます。
以前、江戸時代の頃の浅草を調べた折に、浅草寺の辺りは、行き倒れで死ぬ人や、
自殺をする人が多かったと記述しているものを読んだことがありました。
石枕の件が事実であろうとなかろうと、死体の始末に困る事はなかったろうと思います。
現在は非公開ですが、明王院に「一ツ家伝説」の石枕というものが伝えられております。
実物を直接見る事は少し難しそうですが、
株式会社朝日ソノラマ発行の、「霊能者☆寺尾玲子の新都市伝説・闇の検証」と言う本の中に、
石枕の写真が載っています。
この本は少しばかりアレな感じの本ですが、石枕という物がどんな感じかは判りますので、
書店や図書館等で探してみるのも一興かもしれません。
余談ですが、安達原の鬼婆という話は、ある意味、
日本各地に伝えられる一ツ家伝説を一つの話として統合合体させた感があります。
絵本や「日本の昔話」として取り上げられる事も多いのですが、古典芸能のなかでは
有名な所で、謡曲「安達原」、狂言「奥州安達原」、能「黒塚」として、現代に伝えられています。
上記 文責 月夜野 夜香
その一ツ家伝説にまつわる姥ヶ池が浅草寺のそばの花川戸公園に残っている。
姥ヶ池2
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姥ヶ池
姥ヶ池は、昔、隅田川に通じていた大池で、明治24年に埋立てられた。
浅草寺の子院妙音院所蔵の石枕にまつわる伝説に次のようなものがある。
昔、浅茅ヶ原の一軒家で娘が連れ込む旅人の頭を石枕で叩き殺す老婆がおり、
ある夜、娘が旅人の身代わりになって、天井から吊るした大石の下敷きになって死ぬ。
それを悲しんで悪業を悔やみ、老婆は池に身を投げて果てたので、里人はこれを姥ヶ池と呼んだ。
東京都教育委員会
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姥ヶ池3
現在は姥ヶ池は埋立てられ、この石碑しか残っていない。
姥ヶ池4
公園内には小さな池があるが・・・。
姥ヶ池5
この一ツ家伝説にまつわる絵馬が浅草寺隣の五重塔一階に今でも残っているという。
残念ながら公開していなかったのだが、浅草寺の方に写真を見せていただいた。
まさに鬼婆であった・・・。

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