怖い話

母

投稿者:逸匠冥帝さん


それはちょうど夏至の頃のことです。
早朝、階下から自分の名前を呼ぶ声がします。
熟睡中だった僕は、その声で目が覚めました。
その視界には、開け放たれた部屋の扉(部屋と廊下の仕切)、

同じく開け放たれた引き戸(廊下と階段の仕切)がありました。

階段の踊り場にある小窓からは、朝の光がまっすぐ飛び込んできました。

そして部屋の扉の前には母が立っていました。

母は、お気に入りのよそ行きの服を着て、ニコニコしながら立っていました。
ちょうど小窓から入る太陽の光をさえぎるように立つ姿は、
後光が差しているようにも感じられました。
「ああ、起きなきゃいけない」と思った僕ですが、
全く身動きがとれません。

それを見ながら、母は相変わらずほほえんでいます。
「帰ってきたんだから・・・」
僕は一生懸命身体を動かそうとするのですが、

本当に指一つ思うように動きません。
動かしようのない視線の先で、母も微動だにせず、
優しそうな目で笑っていました。

焦った僕は、下腹に力を入れて一気に跳ね起きました。
・・・2つの戸が開けられ、朝の強い陽が差す、
先ほどと変わらない光景がありました。

しかし、もう母はいませんでした。

1年前、母は癌のために病死しています。

何かを伝えに会いにきたんだろうなという気持ちと、
母の姿で会えるのは多分これが
最後になるんだろうなという気持ちが湧き起こってきました。

未だにこのときのことを思い出しても、恐怖感というものは起きません。

ただ1つだけどうしても納得できない事実があります。

怖がりだった僕は、物心ついた時から、必ず扉を閉めて寝ます。

しかし、その日だけなぜ扉が開いたままだったのか?
というよりも、誰が扉を開けたのか?
どうしてもわからないままなのです。


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