時代が平安から鎌倉へ代わるころ、檀ノ浦の合戦に破れた
平家の残党達は、かつてゆかりがあった大宰府や
久留米の武将達に、味方になるように頼みましたが、
ことごとく断られ続けました。
みやま市山川町まで落ち延びると、
源氏の追っ手に追いつかれ一戦交えてると、
近くにある清水寺で修行中の僧侶達が加勢してくれ、
一時的に退却に成功しました。
付近にある要川(かなめかわ)を決戦の地に定めて、
源氏が来るのを待ってると約1000人の軍勢で、
平家側は100人余りでした。
同行していた女官達を山に隠れておくよう命じて、
合戦にむかいましたが、多勢に無勢で瞬く間に討伐され、
女官達も逃げる途中捕まり、次々と切りつけられたそうです。
滝まで逃げ延びた女官達7人は「もはやこれまで」と
覚悟を決め、滝から身を投げて果てていきました。
哀れに思った村の方々は、平家の武将達共々女官を
手厚く葬ったそうです。
だいたいこんな感じですけども、
心霊スポットとして取り扱うには違和感がありますけど、
遊び半分で行っていい加減に扱ったりすると、
体調不良とか何なりとある模様です。
説明というか案内板。
滝壺で泳ぐと、変な流れがあり危険すぎるのと、
場所的に失礼と思いますから、マジで止めといたほうがいいですよ。
女官達を祭ってある七霊宮を目指して行くと、分かりやすいけど、
軽自動車しか通れない道ですから、普通車は
手前の広い道に止めて、徒歩で行って下さい。
行ってみた感想は特に悪い感じもなく、
よく田舎にある小さな鎮守さんや神社と同じでしたけど、
くれぐれも変なマネだけはやらない様にお願いします。