静の墓。
源義経の寵愛を受けた静子(静御前)は1185年、
源義経を探してここに移り住んだのだという。
義経に会えない悲しみから
「わが君の 行くえも知らず 静か川 流れの末に身をやとどめむ」
という歌を詠んだ。
その後にこの辺りを「生家」と呼び、静子の霊を弔う為に墓を建立したのだという
そしてこの近くに「臼杵の井戸」というものがある。
右側が井戸
静子の子供である臼杵(うすき)太郎は
豊後の大友氏に仕えるために旅立ちます。
井戸の中には水が溜まっています。
別れを惜しんで臼(うす)と杵(きね)をここの井戸に沈めたのだ伝えられています。
静御前の墓というのは全国各地に残っています。
それほど謎めいた女性だったという事なんでしょうか。
福岡県心霊スポット