天川大島処刑場跡(前橋藩処刑場)

天川大島処刑場跡(前橋藩処刑場) 心霊スポット
天川大島処刑場跡(前橋藩処刑場)

天川大島処刑場跡(前橋藩処刑場)
天川大島処刑場跡(前橋藩処刑場)
現在道路沿いのその慰霊碑を確認することができる。
天川大島処刑場跡(前橋藩処刑場)供養塔
前橋藩刑場跡供養塔ならびに道しるべ
前橋藩刑場跡供養塔は、天保12(1841)年、
当時の天川原村の68名の世話人により刑死者の霊を
弔うため建てられました。
揮毫は、現在も三河町にある養行寺の住職で、
当時書家として知られていた行妙です。
供養塔は、これまで道路の改修に伴って
数回にわたって移動され元々は道路の北側、
高架下付近にあったといわれています。
道しるべは、安山岩の自然石を用いて、
その正面に「南無阿弥陀仏」
その左側に「寶暦五歳」(1755)、左側に
「亥十月吉日」とあり、その下に
「右 江戸みち 左あ徒満道」とあります。
天川大島処刑場跡(前橋藩処刑場)道しるべ
これが道しるべ?
天川大島処刑場跡(前橋藩処刑場)歩道
現在は歩道の脇にぽつんとある。


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