幽霊の掛け軸

心霊スポット

幽霊の掛け軸 福泉寺
福泉禅寺(臨済宗東福寺派)
佐賀県許島郡有明町
秋には紅葉が楽しめる。
幽霊の掛け軸 福泉寺2
幽霊の掛け軸(全体)
坊守さんに丁寧に説明して頂きました。
幽霊の掛け軸 福泉寺3
幽霊の掛け軸の由来(福泉寺パンフレットより)
今から約二百八十年程昔、福泉寺三十八代東州和尚が
江戸時代よりの帰途、今の静岡市の或る富豪の宿に宿泊された。
ところが座敷に通されると、不吉にも幽霊の画幅が床間に掛けてあったので、
あやしみ当主を呼びその理由を聞かれた。
当主の話では「私は当時行商をしており、貧しい生活であった。
ところが不幸にも或る日妻が急病を起こし、突然九歳と十一歳の男の子を残し他界してしまった。
私は困惑し、しかも行商をしなければ家計を支えていくことができないので、
後妻をもらいましたが、子供との折合いが悪く、
子供は不良化の一途をたどり近所の人も迷惑していました。
ところが或る日、私達夫婦が行商のため留守をしていた時に、
この家で子供の泣叫ぶ声がするので、近所の人があやしみ、のぞいてみると、
子供二人が抱き合い泣叫ぶ枕元に先妻の幽霊が現れ、二人の子供に
今のような気持ちではいけない。今のお母さんを本当の自分のお母さんと思って孝行し、
よくお手伝いをしなさいよと、一生懸命にさとしていたということです。
その後、この二人の子供は見違えるようになり、親孝行息子となりました。
それ以後、私の商売も順調に進み、今日のような財をなすことが出来たのもこの幽霊のおかげです。
それで、特に京都の画家・祇園井特(ぎおんせいとく)※にたのみ、
その幽霊を見た人の話を参考にして描いてもらったが、この幽霊の絵であります。」
ということであった。
これを聞いた東州和尚は感動し、私は肥前国許島の福泉寺の和尚であるが、
私の檀家にもこのような家が多くあるので、この絵を譲り受け、
その人々を善導したい、といって当主から貰ってきたのがその絵である。
画幅は人を恨み呪うものではなく、母性愛に満ちた柔らかい絵である。
※江戸時代の京都の美人画専門の肉筆浮世絵師
幽霊の掛け軸 福泉寺4
坊守さんのお話によると祇園井特(ぎおんせいとく)の
描いた掛け軸であることが正式に鑑定されたそうです。
幽霊の掛け軸 福泉寺5
掛け軸の入っていた木箱。
幽霊の掛け軸 福泉寺6   幽霊の掛け軸 福泉寺7
掛け軸に書かれていた文字。

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