シガイの森
正式には「新開の森」というらしいです。
田園地帯にぽつんと現れる森。
違和感のある光景である。
ここでは戦国時代、処刑場があったとも。
織田信長がここで女中を処刑したという言い伝えもあるとか。
確かに安土城址は近くにありますね。
このシガイの森の木を伐採すると祟りがあるとかで
誰もこの森に手を付けないとの噂があるようです。
近づくと農道で森まで行けるようになっていました。
竹と木が混じった森であることがわかります。
シガイの森に近づくと驚いたのはなんと真ん中程に
道の存在が確認できたこと。
真ん中に道が見えますね?
この先に一体何があるのでしょう。
よくみると水田用の水路も通っています。
道を進んでいきます。
ほとんど竹林のようですね。
伐採禁止だったはずですが、ここらあたりは
手入れをされているようです。
今宮大明神
天満宮 御旅所
御旅所とは神社のお祭りで神様(ご神体を乗せた神輿)の
休憩所だそうです。
ここから南の方に天満宮神社も今宮大社がありました。
石碑の裏側。
「平成4年4月吉日建立」
結構最近のようですね。
左側の木は朽ちて中身が空洞になっているところから
竹が生えてきています…
落ちている看板は「基本測量」と書いてありました。
付近にはこの石碑だけですね…。
本当にこれだけなんでしょうか??
ということでシガイの森を一周してみることにしました。
と、なにかありますね。
祠のようです。
これが処刑場の供養碑となるのでしょうか?
祠の中には石仏らしいものが二体。
右手の石碑は墓碑でしょうか。
「大脇傳助・建部紹智」と書いてあります。
この二人の名前ですが、「安土宗論」で出てきます。
大脇傳助はどうやら塩売りの町人だったようですが、
この宗論に関わって織田信長により斬首されたとあります。
建部紹智も逃げたが大阪で捕まり斬首されています。
この石碑が墓碑とするなら…ここは本当に安土桃山時代の
織田信長管理の処刑場となりますね。
石碑が新しいのが気になりますが、それはもしかしたら
ここを伐採しようとして祟りがあったとして、
地元の人で調べたらここは刑場跡であったということに
なって建立した可能性も。
いずれにせよ、ただの森ではないようです…。